うつ病2024

 昨年の記録があるわけでもないが、とりあえず2024年の記録を付けようと思う。

休職

 3月からうつ病で休職している。今日はその2日目だ。
 症状回復のための休養とは大変難しいもので寝ていれば治るでもなく、薬を飲み睡眠を取り運動をするなど治療のための行動を取っても治ると決まったものではない。仕事を休めばもちろん仕事で生じるストレスは受けなくなるが、今度は経済的な不安や職場復帰への不安など別のストレスも生じてくる。ただ一つ確実なのは多く時間が使えるということだ。
 時間の使い方の一つに文章でも書こうと思う。

重いうつ状態がきた

 私のうつ病は少なくとも発症から10年が経過しており、悪化と回復を繰り返しながら平均的には健康と言えない状態が続いている。健康が0で過去最悪な状態が-100とすれば今日は-60程度だ。-100というのは1ヶ月前か5年前か9年前の3回ほど味わった谷の部分がちょうどそれに当たると考えている。
 今回-100を味わったのは繁忙期の終盤だった。毎週1つか2つほどの仕事が始まり、同じく1つか2つの納期がくる。できる限り効率化しているつもりではあるが残業もある。決して世間的にひどい残業量ではないのだが注意力を求められる作業のため平常よりは時間あたりの負荷もあがる。納品にミスがあればさらに作業が増えるのだ。ミスを出さないために、今年は濃い緑茶をがばがばと飲んで作業に取り組んだ。緑茶はなかなか効きがよく、作業は捗り納品もおよそ順調だった。食事も睡眠も適当には取っていたし、土日は丸ごと睡眠に使った。自覚的な体調の悪さはなかった。
 しかしある月曜日の朝、体が動かなかった。トイレには行けたのだから全く動かないと言っては嘘になる。しかし怠い。うつの悪化だと感じた。その日は丁度納品もなく、無理に出社するよりは回復に充てようと考えて休みを取った。休みを取ったが脳の状態は回復しなかった。回復しなくては困る。次の日は仕事なのだ。死ねば仕事は行かなくても良いが死ぬのでなければ仕事に行かねばならない。
 結局次の日私は職場に午後から出た。午前中は体が動かなかった。もはやその程度ならよくあるのだ。午後から出て自分のデスクに着き、PCを立ち上げると違和感があった。現実ではないような感覚。夢の中の景色のようによほど注意して意識を向けないとアイコン一つ、フォルダ名一つも何のことか分からない状態になった。
 健康な脳であってもど忘れということはたまに起こる。パンナコッタはどんな食べ物だったか、フランスを漢字一文字で書くときどう表すのだったか、そういうど忘れはよくあるものだ。そのど忘れが今回は脳内全域に発生している感覚だった。台風が来ているときの交通機関と似ている。どこもかしこも通行止めで迂回路を探してもそんなルートがあるのかないのかも分からない状態。とてもじゃないが会話のペースで物事が思い出せない。
 出社して2時間後、むしろ2時間も何をしていたのかまさに今も思い出せなくなっているのだが、とにかく退社をした。いよいよ様子がおかしかったのか家まで営業車で送る段取りまで付けてもらったのだが、これは断った。帰る気はなかった。家に帰ったところで回復するものでもない。記憶が飛んで思考も途切れ途切れ。何とか失踪の手紙をのこして次の日に死ぬつもりだった。しかし失踪途中でどうしてもへたれなのか失敗した。精神状態は-100へと至った。
 希死念慮が強く表れ、焦燥感不安感恐怖感などの不快な感覚が意識を満たす。自我が思考の手綱を握れず暴れ回る脳の状態に何か説明を付けようとするがそういう病気であるという超次元的認知より他に納め方がない。あるいは具体的に何か原因があるというような妄想が支配することもある。麻酔銃でもスタンガンでも構わないから意識を飛ばして欲しいと願う。あるいは疲れ果てて実際意識を失うが意識を失っているために安楽もない。
 先に書いたとおり物事を思い出すのに非常な時間がかかる。会話も上手く成り立たない。そういった状況のために1ヶ月ほどは在宅勤務という名の半サボりの状態で仕事を続けた。引き継ぎをするよりはローペースでも自分で片付けた方が良い業務があったためだ。
 そして休職へ至る。
 家にいて暇をしていると無駄な思考が回り続ける。人生諦める他無い課題はあるものだが、課題があるのだからさあ死のういや面倒くさい首を締めるのに手頃な紐はないかいや探す気力がない紐でなくとも首が絞まればそれで良いが肝心なのは力をかけ続けることで紐は目的上重力を用いた手法に都合が良いそうでなければ結束バンドを何本か連結させて輪を作り締めればよいだろう頸動脈への効果的な圧力がかからず空気的窒息も起こして苦しいだろうがうつほどは苦しくない。そんなことを考え続ける。死ぬことを考えれば考えるほどに生きているのが厚かましい自分になる。暇のなせる苦しみだ。
 あまりにも苦しいときはこうやって文章を書いたりする。頭を何かに使わないと無駄なことに使われる。いずれにしても脳のアイドル回転数が高い状態が続いて思考に疲れ果て、何度も行動を起こそうとした意欲(運動を起こすための動機)はオオカミ少年になる。「何もできない」のできあがりだ。
 何もできないのだろうか。今朝はシャワーを浴びられた。昨日はどうしても無理だった。今日は文章を書いている。そうしないと落ち着かないほどだが昨日はほとんど布団の中だった。暇すぎるからYouTubeの動画を見るが見ていても暇すぎるのだ。それでも他に手が出せない。
 希死念慮あり、抑うつあり、倦怠感あり、記憶の混乱あり、うつ病としては重く、休職が必要なのだそうだ。それでも10年来うつ病を持っていると少し風邪を引いた程度の悪化に思えるのだ。ただ、頭も動かず体も動かない。脳が不健康であるということはかくも認識しがたい。
 感染症でもないのだから暇な時間と健康な肉体を生かして散歩でもすれば良いだろうと考える。屋外がどうしても怖いというほどのことも今はない。淡路島なんかに船で行けないだろうかと考える。あるいは少しだけ出かけて近所の薬局にでも買い物に行って――。行けるような気もする。しかし服を着るのがどうも無理だ。結局布団にいる。どうも私は病人らしい。

復職予定日まで3週間

 4日振りにシャワーを浴びた。つまり回復していない。うつ病で困るのは身体症状なのだ。気分が落ち込むくらいはどうでもいい。しかし本当に手足の動きが鈍くなる。服を着替えるための体の動きが鈍い。軽自動車で時速300kmを出さねばならない気分だ。アクセルを踏んでも踏んでも動かない。
 コーヒーか緑茶を飲めばこれが少々軽快になる。あほみたいだ。カフェインを入れたら動くのは分かっているが、今回はそれをやり過ぎて脳が転けた。
 復職の日が来たらカフェインを入れてでも出社するだろう。何のために休職していたのか分からない。休職するからには体調改善が私の成果であるべきなのだ。寝てばかりでも症状がよくなるならそれで良いと思っている。しかしこの2ヶ月、実際本当に寝ているだけになってしまった。復帰するのが申し訳ない。

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