読書感想文2023

 2023年は同人誌かPDFで読んだ論文に近いようなもの以外ではほとんど本を読めなかった。読もうと思っても読めない状態だったのだが、その中でも読むことができたという意味でここに並ぶ本は読みやすい本なのだと思う。

うちの師匠はしっぽがない(TNSK) 1-12巻

 アニメ化の際にその存在を知った作品。舞台は大正あたりだろうか、初代通天閣の頃の大阪に豆狸のまめだが上京して先に落語家として活躍していた七度狐の文狐に弟子入りする。
 全体としては狸・狐の「化かし」を落語がその世界に惹き込む技術に重ねながらコミカルな群像劇とまめだの成長が描かれるのだが、その外側では読者である私が作者の漫画に化かされる体験をした。あくまでも現実の大阪の話であるはずがいつの間にか地獄や雲の上にまで飛ばされる。三味線になった狸を見たかと思えば広角パースで描かれるような広い空間に鬼が居る。漫画の持つ「化かし」の力に関心しきりだった。
 お話の方は泣かせる人情話がたくさん含まれながら笑いどころも多く、読後感が丁度落語を聞き終えた時のような心地よさとなるのは偶然ではなかろうと思う。友人の家を訪ねてたまたま目に付いて読んだ漫画がこれだったら即日全巻買うだろうと思う。面白い漫画だった。

親といるとなぜか苦しい(リンジー・C・ギブソン)

 いわゆる毒親がテーマの本。事例を次々と取り上げながらそこへ著者の解説と理論が並べられる。それほどおかしなことが書かれているとも感じないのだが、事例も説明も考察もどこか文化の差が感じられ今一つ腹落ちはしなかった。あくまでもアメリカの、この著者の関わる文化圏での話だという意識で受け入れる必要がある。日本においてこの本を親子関係改良の手引きとするならばその文化の一部を輸入するという認識がいるだろう。
 文化と言えば児童への指導事例などで見かける会話がどうも東京文化的で関西地方の人間にはその「正解」がしっくり来ないことが多い。例えば、「いい加減にしろよ」と「ええ加減にしいや」は同じ意味を違う方言で表記しただけだが関東圏で前者が「正解」として紹介されることはおそらくないだろう。そして一方で後者は関西圏のある程度良好な親子関係において実際に観察されうる「正解」の言葉であると思う。これは言葉が細かいニュアンスをそれぞれ持つのと共に、親子の良好な関係性、互いの心地よさという感性さえも文化性を帯びて決定されるからに他ならないと考える。
 本書においては日本語に訳された文章で当事者(主に子供側)の言葉が紹介されるが、これも日本語話者に誰か一人でもこのような”セリフ”を口にするものがいるだろうかと所々感じるものがある。前後では著者がこのセリフに抽象的な説明を与えているのだが、抽象的になればこの文化差異が消えるのかと言うと、こちらも不十分、というより当たり前に抽象化の目的となる部分が私の感覚とは異なる。僅かな文章の中でやはり私は日本の、関西の、私の生活する文化から状況を補完しているのだろうと思う。
 読みながら、エピソードに思いを致しては一歩下がり直して客観視するような地に足のつかいない感覚だった。子供の頃、周りの流行りに乗ってハリーポッターを読んだときの感覚に近い。実用性は無かった。

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