はじめに
読書感想文と同じく、聞いた記念とその内容を覚えておく目的で簡単な感想文を書いておこうと思う。ただ本の方は一度読んでそれきりのものも多く、また改めて読む習慣もないために初回の印象を感想として書いているが、落語については既に何度も聞いた作品が多く、またBGM的に聞き流すことも多いので初回の印象のみを感想とせず思うところや気づきがあれば随時書き足したいと思う。
また、並びは出会い順ではなく五十音順に並べることにする。出会った順番を覚えてないのと、「あれはどんな話だったろう」と忘れた時に索引する目的のためにそのようにしておく。
語り手は断りのない限り桂米朝さんである。桂米朝さんご本人については後で一つカラムを設けたいと思う。
感想として落ちまで書くのはどうかと思ったが記録としてあらすじも含めて書いておく。
愛宕山
ある粋な旦那が芸者・幇間(太鼓持ち)を連れて愛宕さんへピクニックへ向かう。そのやり取りがメインとなる。終盤に旦那が崖からばらまいた小判を幇間一八が勿体ないと拾いに降り、何とか工夫の末に戻ってくるが肝心の小判を崖の下へ忘れてきたという落ち。
枕の中に紹介される「楽しみは後ろに柱、前に酒、左右に女、懐に金」という言葉がなかなか小気味良い。
40分ほどもある比較的長い話だが落ちは至って単純。旦那、芸子さん、幇間、茶屋のおばんの人柄や景色の表現で楽しむ。よほど面白い話、というわけでもないのにこの話は昔祖父母の家で寝る前に聞いたものを覚えていた。あまり難しい落ちがあるよりも小さく細かく笑いのある話が若い頃の自分には向いていたのかもしれない。
池田の猪買い
そそっかしい男が猪の肉を買いに行く話。子供から老人まで様々な人物が登場するのでその演じ分けに面白さが出るのだろうと思う。丼池筋から淀屋橋、お初天神から服部天神、知った地名が次々に出てくるのであそこからあそこへ、ほうほうと聞くのだがいくら早朝に家を出るとはいってもかなりの距離、これをまた山での猟に付き合えば日帰りは無理ではなかろうかと妙なところを心配してしまう。丁度自分でも猪の肉を買う機会があり改めてこの話を聞いたのだが、その肉は大変美味しく、わざわざ船場から池田まで買いに行く価値はあるかもなあと味わいながら聞いたのだった。
犬の目
目を悪くした男が近所の名医とされる眼科を訪れ、治療を受ける。そこでの治療は一旦目玉を抜いて、抜いた目を洗って戻すという荒療治なのだが、この治療の中で男の知らぬうちに目玉が犬のものと入れ替わるという話。犬の目と入れ替わった男は夜目が利くようになり寝ている間の音に敏感になり、しまいには電柱を見たら小便がしたくなるという落ち。
短くさらっとしたお話。
看板の一
賭け事の好きな男たちが遊んでいるところへ昔は腕を鳴らしたという隠居を誘い入れたところ、隠居が胴を取ることになった。壺皿の横にサイコロこぼれているを見て男たちは老人が中へ入れ損なったものと勘違いをする。しかしそのサイコロが仕掛けであって、隠居はこれを「看板のサイコロだ」と説明する。本当は中にもしっかりとサイコロが入っており、勝負はこれで行う。看板のサイコロと中のサイコロの目が異なることで胴の勝ちとなるのだが、まねをした男は外と中、同じ目が出て負けてしまう。
とても落語らしい話の構成と思う。まねをしてしくじる。よく考えれば途中でも落ちが分かってしまうのだが分かっていてもやはり面白い。初めて落語を聞く人がいたらこの話は楽しみやすく落語らしいので向くのではないかと思う。
崇徳院
瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の 割れても末に 逢わんとぞ思ふ
崇徳院の詠んだ歌であり、百人一首の一つ。この歌の上の句を書き残した女子を探して欲しいとの古馴染みの依頼に応えて一人の男があちこちを尋ねて回るという話。床屋で同じく相手探しをしていた使いと巡り会いめでたく夫婦になる、というところで話が終わる。
めでたい話ではあるものの大筋で面白いというものでもない。ところどころクスクスと笑う。米びつを首から提げて飯屋に入る暇もなく歌を読み上げながら歩き回るという姿が印象に残るので「落語の崇徳院の話みたいやな」と言われたらそういう景色を思い浮かべると思う。
この話の中で「手文庫」という言葉が分からなかったので調べたところ「手もとに置いて、文具や手紙などを入れておく小箱(日国より引用)」とのこと。文庫と言えば本のイメージだったので意外だったが、考えて見れば「文庫」と言えば片付ける場所を指す言葉のはずで、証文をここに入れて片付けていたというのはなるほどと腑に落ちた。
らくだ
らくだというのは体格が大きくのらりくらりと暮らしていたろくでなしの男の名だがこの話はらくだの死んだところから始まるというのが面白い。このらくだの兄弟分である熊五郎が通りかかった紙くず屋を方々に使いにやり葬式の準備を始める。ようよう準備の整ってきたところで熊五郎は紙くず屋をねぎらって酒を飲ませるのだがこの紙くず屋が実は酒癖の大変悪い男で最後には二人の立場が逆転してしまうという落ち。
この話の笑わせる力はかなり強かった。乱暴な男がめちゃくちゃなことをしたりさせたりするもので難しいことを考えなくても面白いのだが、「『兄貴頼む』と、こない言わんかい」には何度聞いてもにんまりさせられる。私の聞いた録音ではらくだの亡骸を担いで伊勢音頭を歌い始めるところで「お馴染みらくだでございます」と語りが終わる。
この録音への感想になるが、紙くず屋が酒に飲まれていく様子はつられてこちらまで酔ってきたかと思うほどで、これは落語を人が高座で演じる意味を強く感じる。普段は落語は音だけ聞けたら十分と思うがこの話だけは映像を見てみたいと思っている。まだ見られていない。