今回は書き下ろしで読書感想文を。2022中に読んだ本についてここにまとめる。感想はジャンル問わずに残しておきたいと考えているが特に小説は感想が残っていなければまた一通り読まなければならない気がしてくるので一文でも残しておこうと思う。
働く私と彼女の同棲(水野はた)
一言で言えばさっぱり爽やかであり良くも悪くも期待を裏切らない展開が脳に優しかった。丁度暑い時期にしっかりと冷水で締められたざるうどんを食べたような、特別ではないが心地よい読後感を味わえた。
ジャンルとしては百合。たしかAmazonのおすすめに表示されて購入した気がする。普段は百合系であっても小説、とくに一次創作ものは手を出さないでいるのだが気まぐれに買った。そのようには紹介されていないが私の中ではライトノベルに入る雰囲気の小説だった。(読み終えてから改めて考え直すとタイトルもド直球なものだったが、購入時には「彼女とカメラと彼女の季節」を勝手に想起してそういう雰囲気のタイトルかと思っていた。)
久しぶりに小説を買って改めて感じたが、小説は購入時に得られる情報がどうにも少ない。
日頃から小説を大量に読む人間であればそのうちの一部としてどんな作品が挟まってきても構わないものかもしれないが、私のように暇はあれども読書をできるかどうかが気力の波次第である人間からすれば本一冊、どのようなボリューム感でどのような話の重さで文をじっくり味わうのか話に想像を膨らませるのか、そこに予定としての心積りができないと手を出しにくい。
本作はかなりライトな作品であったので、この作品であれば買うかどうか、読むかどうかなどを深く検討しなくても良かったのだ。ひょいパクでいけるのだ。この手軽さ感をどうすれば購入前に伝えることができるのか。しかし軽い作品だ、と、ライトノベルだ、と言い切られていたら私は買わなかったかもしれない。
そうなると結局作者名が最大のヒントだろうか。水野はたさん、覚えておこう。
累犯障害者(山本譲司)
面白かったものの案外感想がないというか、意外な内容は少なかった。ノンフィクションというのはそういうものかもしれない。
この作品は何度か名前を見かけたことがあるのでおそらく世間的にも有名なのだと思うが、Twitterのフォロイーさんが読まれていたのをきっかけに買ってみた。
2006年出版の本であり、取り上げられる事件も世間の状況も今となっては四半世紀前と思って読まないといけないのだが、実際のところ私の見聞の限り、残念ながら今も通用する「ノンフィクション」ではないかと思う。
2022年現在、未診断やグレーゾーンを含めた障害者が社会参加に困難を抱えていることは頻繁に取り沙汰され一般人の意識の中にもこの状況への危機感はあると感じている。ただし今も多くの人は「人間、仕事に就けないと飢え死にしてしまう。だからかわいそうだ。しかし犯罪に手を染めては擁護のしようがない悪人だ」という性善説ゴリゴリの障害者への「せめて善人であれ」と言わんばかりの無茶な期待をしているのではないかと思う。しかし無茶なようで実態にも即しているように思う。
「累犯障害者」、そのタイトルが意味することは1度目の犯罪以降、2度目の犯罪に至るまで罪を犯す原因は取り除かれなかったということだ。「累犯老人」だとか「累犯青少年」、「累犯健常者」だって同じだ。これはもしかしたら世間の期待する通りの結果なのかもしれない。何度でも罪を犯して刑務所にいてくれたら自分たちは関わらないで済むと、そういうことかもしれない。
分断は判断にあたって楽なのだ。
失われた地図(恩田陸)
しまったこれは訳の分からないパターンの本だ、と思いながら最後まで読んでやっぱり訳が分からなかった一冊。
恩田陸さんという名前をよく聞くので何か一冊読んでみようと検索していたときに恩田陸ワールド全開だとかそんな感想をみて購入を決めた。
少々中身が意味不明でも文章で読ませるタイプならそれでも良かったのだが、文章も読みやすくは書かれているものの特別それだけで面白いということもない。確かに目が滑るとかリズムが悪いとか言葉遣いが引っかかるとかそういうところのない文章で、ハイレベルな作文は行われていたのだと思うが、どうにも中身の方がついていけなかった。強いて言えば昔アニメでみた「結界師」みたいな感じだったろうか。
今回は作品のジャンルが合わなかっただけかもしれないのでまた余裕があれば同作者の本は読んでみたいと思う。保留。
こばなしけんたろう(小林賢太郎)
ラーメンズの小林賢太郎さんの、何というのだろう、スケッチ?ラフ?アイデア帳のような、短めのひねくれた話がたくさん並んでいてTwitterで面白い人のツイートをだらだら眺めているような、リラックスできる本だった。(今はまだ読んでいる途中だが感想は変らないだろうと思う。)
私も日頃からひねくれたことを考えるのが好きなので話を楽しみつつもライバル心がちらつくなんとも言えない体験ができた。と、読み終わってもないのに書いてから1年半が経ち、ついにこの本を本当に読み終わった。
最後の小説「砂場の少年について」は作品内の事実表現から想像できる人物像がなかなか面白く、良質だった。やけにリアリティがあるからか、何かモデルがあるからなのか、タイトルのしたにフィクションである旨の注意書きが入っていて面白い。確かにその注意書きはいるだろうと思う。注意書きがなければうっかり小林賢太郎本人の話かと思ってしまうところだった。少し思っている。
自閉症スペクトラムの精神病理(内海健)
自閉症の解釈自体については特に目新しいところは無かったが、もし当事者や近親者が自閉症の理解自体に補助を求めるなら一通りの知識はここで十分得られるだろうと思う。スタンダードな内容ゆえに良くも悪くも教科書を読むような退屈さを感じる一冊だった。
論文の書き方(清水幾太郎)
1959年初版発行、私が手に取ったもので96版となるロングセラー。本書も著者も有名であるらしいが私はどちらも存じず、たまたまタイトルの文字列で検索をしていて出会った。
もちろん論文の書き方を調べようとしていたのだが、本書の指す「論文」は「知的散文」という程度の広い意味で扱われており、学術論文というよりは現代で言うところの「小論文」やあるいは非芸術的な主張や論考を主体とした作文全般が対象となっていた。そこは期待はずれであった。
そしてこの本を読んで文章を書く技術が身につくかと言えば、おそらく身につかない。心得としてはいくつかの先人の知恵を得られるが、単純な作文作法や学術論文構成を知るならより適した書籍がいくらでもあろうと思う。本書を実用としがたい理由はどうしてもこの本が古過ぎるという点に極まる。作者は今から115年も前の生まれであるし、言文一致以前の思い出話から始まり、作文という行為が時代とともに変化する様を説明しつつもその終着点はテレビジョンとの比較となっている。もはや日本語の文法さえも現代との乖離を感じる部分があり、歴史背景を考えながら読み進める必要のある部分も少なくなかった。
本書の内容にタイトル通りの実用性があるかどうかはともかく、文章は不思議に読みやすく比較的テンポ良く読み終わった。「上手い人」の文章のリズム感というのは読み手をもその勢いに乗せてくれる。意味内容を熟読するよりも文章のテンポや話の構成を読者感覚で摂取し、手本にすることで本書の効用はまだまだ現役に活かされるものではないかと思う。